私たちは言語的、あるいは非言語的なさまざまな方法でパートナーと意志疎通をはかります。お互いを理解するには、自分の思いや考えを包み隠さず伝えることが必要不可欠です。しかし、私たちはしばしば健全なコミュニケーションがとれない状態、いわゆる「ミスコミュニケーション」に陥ることがあります。付き合いの中で生じる多くの問題は、パートナーとの関係に一時的な嵐を引き起こす可能性はあります。しかし、それが本質的にその関係自体を壊すようなひどい結果を招くことは少ないでしょう。経済的に苦しかったり、健康上の問題があったり、あるいは単純に気持ちに余裕がないときなどは、パートナーに対する感じ方が変わるかもしれませんが、それで関係に傷がつくとは限りません。「喧嘩をしたので今日は口をきいていない」などと言っていても、心の底から別れようとは思っていないものです。健全な関係性を維持するためには、直面している問題についての思いや考えをパートナーと共有すること、言い換えると、互いの気持ちを確認し合うことが重要になってきます。自分の気持ちを率直に伝えれば、相手が何を求めているかを知ることができるので、コミュニケーションの行き違いが起きたとしても、相手と一緒に柔軟に対応することができるのです。
一方で、強いストレスに晒され、慢性的なミスコミュニケーションを抱えていると、そうした柔軟性はだんだんと失われていってしまいます。当然ながら、時を選ばずいつでも思いやりのある態度を取り、親身になって話を聞ける人は存在しないので、行き違いが起こること自体は珍しくありません。ここで重要なのは、パートナーとの対話を避けないことです。たとえ口げんかになっても自分たちならそれを乗り越えられる、感情をすべてぶちまけても大丈夫、という信念を持つ必要があります。この信頼感が欠けていると、どうせ相手に聞いてもらえない、と思い込んで感情を出すことをあきらめ、自己防衛的な態度を取ることにつながります。この場合、二人の関係性にはもっと本質的かつ根本的な問題が潜んでいると考えられます。
この状態になると、お互いを傷つけ合う悪循環にはまります。そのサイクルを打ち破る方法を見つけない限り、終わらせることができません。自分の感情を表現しようとするたびに、繰り返しこの膠着状態に陥り、行き詰まりを感じるため、いつまでたっても相手に「わかってもらえない」という絶望感に苦しむこととなります。過去の苦い体験が現在の対話に影響し、この先別の問題が起きたときも、同様に起こり得ます。このように、一度私たちの中に刷り込まれた「わかってもらえない」という印象は、過去、現在、未来へと続くコミュニケーションの壁として残っていくのです。
自分が何を求めているか、そして相手が何を求めているかをよく考えてみることで、二人の間にどんな壁が存在するのかを特定することができます。パートナーとの関係がこのようなパターンに陥るのを防ぐためにも、壁の存在に気づくことが重要です。
私たちは、パートナーの言葉に耳を傾ける代わりに、相手の考えや気持ちをわかった気になって行動していることがあります。どんなに努力しても相手が何を考えているかさっぱり理解できないという結論にいたることもありますが、多くの場合、パートナーとの付き合いは長いし、自分は相手のことを知り尽くしているので何が起こるか予想できると過信します。このような考えは、まるでテレパシーを持っているかのように、「自分は相手の体験していることがわかる」という思い込みから生まれるのです。
問題の大小に関わらず、「自分は相手の気持ちがすべてわかっている」と疑わないことは、健全なコミュニケーションを図る上で障害になります。自分はなんでも知っていると思い込むとき、私たちはそもそも相手を理解しようという努力を放棄しているからです。今この瞬間には、パートナーとの関係を大きく、あるいは少しずつでも変えうるチャンスが存在します。相手の考えがわかると決めつけてしまえば、目の前にある可能性をも見落とすことになるでしょう。基本的にそういった憶測は過去の記憶や実体験を元に導き出されるものなので、それなりの信憑性があるように感じるかもしれません。しかし、憶測や思い込みのフィルターを通して現在を見れば、必ず歪んだ見え方になります。現実に起こっていることと過去の経験を混合すると、今この瞬間の二人の間に何が起こっているのかを、きちんと理解できなくなります。結果的にお互いに新たな可能性を想像し、育んでいくチャンスを逃してしまうのです。
だからこそ、自分の感情を素直に表現することをあきらめないこと、そして相手もそうできるように働きかける、気持ちの余裕を持つことが重要です。相手が感じていることを先読みしようとすればするほど、パートナーが感情を見せなくなったり、身構えてしまったりします。現状に適切な対応をする上で、過去からの知識が有益なのは確かですが、この知識だけに頼れば同じことの繰り返しです。苦しみの連鎖を生むサイクルを断ち切りましょう。
人はストレスを感じると、自己防衛本能が作動し、脅威に対処しようとします。パートナーと口論になったとき、これは最も顕著に現れる「ディフェンスモード」です。私たちは自分の気持ちを一生懸命伝えつつ、自分が正しいということを証明しようとします。このとき、自分が正しいのだという点にこだわると、事態は改善するどころか悪い方向に進むものです。「あなたはいつもこうだ」「この前もあなたにこうされた」という、相手を責めるような表現が飛び出す危険性も高くなります。
責められたり、攻撃を受けたりしている状況では、パートナーはあなたの話をきちんと聞いてはくれないでしょう。パートナーにわかってもらいたいのなら、自分の感じたことを正直にそのまま伝えられるよう、言い方を変えることから始めてみましょう。たとえば、「あなたはいつも遅刻するね!」と言う代わりに、「あなたが遅れたり、電話に出なかったりすると心配になる。前にも話し合ったのに同じことを繰り返されると、私のことをどうでもいいと思ってのではないかと不安になる」というように、パートナーのどんな行動があなたを不愉快にし、その理由は何かをはっきり伝えます。こうすれば、気持ちが伝わりやすくなり、透明かつ率直な形で相手と対話できます。
「あなたは〇〇だ」という表現と同様、このような言葉を使うとコミュニケーションが破綻し、相手との間に壁を作る原因となります。一方的で柔軟性のない言葉を投げ合うと、抜け道のない悪循環にはまってしまいます。二人の関係は「いつも」こんな風に、今までも、今も、これからもずっと変わらないでしょう。
しかし、ここに希望の光をもたらす簡単なアクションがあります。それは、関係がうまくいっていた頃を思い出すことです。この悪循環から抜け出すには、ちょっとしたことではあるけれど実は二人にとって重要だった変化や改善点に気づき、これからも関係がよくなっていく可能性を再認識する必要があります。
「いつも」「絶対に」「まただ」などの断定的な言葉は、疲労感や苦痛、失望などの激しい感情から発せられることがほとんどです。このような感情は、パートナーと共有することを恐れず、もっと素直に表すことできちんと向き合うことができます。
特に強いストレスを感じたとき、私たちは自分の気持ちを表すことをあきらめ、パートナーと距離を置こうとします。実はこれは、気持ちやニーズをうまく相手に伝えられないときに使われる対処メカニズムなのです。とはいえ、このパターンではお互いの間にある壁が厚くなるばかりで、解決する方法を見つけないと同じ問題が繰り返し起こります。
問題に直面したとき、自分が内に引きこもり、壁を作っていることに気づいたら、このような行動を取る原因になっている水面下の感情を見つめるべきです。「わかってもらえるはずがない」「問題を乗り越えられない」と思い込んで苦しんでいると、恐怖心で身動きが取れなくなります。このような反応が起こる潜在的な理由の一つは、つらい気持ちを抱え続けることに耐えられないからです。
この対処の仕方では、一時的に問題を回避できても、別の状況で同じ問題に直面する可能性が高まります。同時に、パートナーからは「話しづらい」「察して欲しがり」といった印象をもたれてしまうでしょう。
私たちは皆、知らず知らずのうちにこの「相手との距離を取る」方法を使っていますが、問題に根本から対処しようとするのであれば、この方法だけに頼らないよう気をつけるべきでしょう。また、たとえこの方法しか使えないという状況であっても、このパターンが二人の関係に与える影響やその重要性を認識する必要があります。その上で、別の方法を試しながら、新たに使えるリソースがないか模索することができます。
ゼノヴィッチ美奈子