自慈心が教えてくれる「自分の愛し方」

あなたにとって「思いやり」とはなんですか? 

思いやりという言葉は、温かさや柔らかさを連想させます。他人に手を差し伸べる、愛する人を慰める、または他人が辛い経験をしているのを見て、その人の痛みや悲しみを感じ取る、こんなシーンが頭に浮かぶかもしれません。思いやりとは私たちの行動の原動力になったり、他人との絆を深めたりできる、とてもパワフルな感情なのです。

私たちは皆、なんとなく人間関係や信頼関係において、思いやりの気持ちを持つことが大切だと認識しています。それでもついつい日常の中で、ストレスや怒り、不安などの感情に流され、思いやりを忘れてしまいがちです。こういった感情に飲み込まれると、どうしても自分本位になり、他人に手を差し伸べることが出来なくなります。

しかしながら、人との絆や笑顔、私たちの毎日を豊かにするものは全て、愛から始まります。そして愛とは、”他人”を思いやる心でなく、”自分”をいたわり慈しむ「自慈心」を土台として形作られるものなのです。よく、自分が幸せでなければ、人を幸せにできない、と言ったりしますよね。 心の器が自分への優しさで満たされていないと、他人を思いやったり、十分に愛することはできないのです。人の優しさが心を溶かし、安心感を与えてくれるのと同じように、思いやりを持って自分自身に接する方法を学ぶことが大切です。私たちは自慈心を通してのみ、自己と他者への愛情を学ぶことができます。これから一緒に、自慈心について理解を深めていきましょう。

自慈心とは何か

自慈心とは、辛い時や苦しい時に自分自身に手を差し伸べる、自分に対する思いやりの気持ちです。自慈心を持っていれば、私たちは過去や未来にとらわれることなく、自身の強みや弱みさえも認め、どんな状況でも今の「ありのままの自分」を優しく受け入れることができます。

これだけ聞くと、「自分を甘やかしているみたい」「自分には厳しくしないと成長できない気がする」こんな感想が浮かんでくるかもしれません。しかし『自慈心』の本質は、自分の良いところも悪いところも無条件に認め、受け入れることで、バランスの取れた心の状態をキープできるという点にあります。

自慈心は偽りのない本物の愛の形です。困難に直面した時も、自分に対する思いやりの心を持っていれば、感情的に取り乱すことはありません。いつも実直に、穏やかに適切な対処法を選択することができます。私たちは、自慈心という名の「羅針盤」を持つことで、人生の舵取りをしやすくなるのです。

自慈心を持つと何が起こるの?

自慈心という言葉はまだ聴きなれなくて、いまいちイメージが湧かないという方はいますか?「自慈心を持つ人」とは、「自己肯定感の高い人」とほぼ同じ意味だとお考えください。自慈心が豊かな人は、常に自分に満足しているので、純粋に自分のやりたいことや、ワクワクするものを迷わず選択することができます。たとえうまくいかないリスクがあったとしても、「失敗したらどうしよう」ではななく「失敗しても大丈夫」と心が揺らぎませんし、もし実際に失敗してしまったとしても、それを恥じたり責めたりすることなく、次に切り替えることができます。そして何より、人との比較を必要としません。人と比較して得られた自信は、自慈心や自己肯定感から生まれる自信とは雲泥の差があります。自信の土台を他人に求めれば、脆く崩れやすくなります。結果や評価ばかり追いかけていれば、勝ち負けが全ての人生となり、常に張り詰めた世界を生きなければならなくなります。これでは健康で幸せだとは言えないでしょう。一方、自慈心の高い人は、心が安定していて、他人の声に振り回されることがありません。すでに「ありのままの自分」を愛せているからです。こうして誰にも邪魔されず、自分の進みたい道を切り開いていくので、その結果、人生はどんどん好転していきます。これは単なるメンタルトリックではなく、自律神経の働きに影響を与えるほど、私たちの健康に深く結びついているのです。

自慈心を養う上で大切なのは、まるで家族や友人に接するかのように、同じ量の思いやりを持って自分に接することです。例えば、家族を第一に考え、自分のことはいつも後回しにしているお母さん。彼女は自分をケアせず他人に尽くす傾向にあり、自他のバランスが崩れてしまっています。これは自慈心の足りない状態と言えます。自己犠牲から生まれる人への献身は長続きしません。まずは、わが子を想うように自分のことを大切にすること。これが、自慈心を育む第一歩となります。

自慈心と自律神経

自慈心は私たちの自律神経の働きと密接に関わっています。自律神経とは、全身の内臓器官をコントロールする、人間にとって非常に重要な神経です。「交感神経」と「副交感神経」の2つに分けられ、この2つの神経が互いにバランスをとりながら働いています。瞳を例に挙げてみると、交感神経が活発なときには瞳孔が開き、副交感神経が活発な時には瞳孔は閉じます。まるでアクセルとブレーキのような役割を果たしながら互いに協力し合うことで、通常私たちの体のバランスは保たれています。しかし、なんらかのきっかけでこのバランスが崩れてしまうと、頭痛や動悸、しびれなどの症状を誘発する「自律神経失調症」を引き起こします。この原因は様々ですが、多くの場合、精神的ストレスの影響が強く、特に自慈心の少ない状態や自己肯定感の低い状態にある人は悪化しやすいと言われています。

かつて私も、この自律神経失調症に悩まされた一人でした。経験不足だから誰よりも量でカバーしなければと、寝る間も惜しんで会社で過ごす生活。ですが、自分なりにいくら頑張ってみても結果が出ず、毎日悶々とするばかり。「結果を出さなければ価値がない。過程の努力は価値がない。」そう思う自分と、「誰も私の頑張りを見てくれない。私には価値がない。」こう思う自分がせめぎ合う日々の中で、ちょっとしたことが自分にも他人にも許せなくなり、怒りをコントロールできなくなったり、涙が流れたりすることが増えました。そしてある日、過労とストレスから来る自律神経失調症だと診断されたのです。

“嘆き悲しむことは、今ある傷をさらに深くえぐることに他ならない”

このドストエフスキーの言葉にあるように、この時の私を一番傷つけていたのは、紛れもなく自分の心の声でした。自分を否定し非難することで、救いが生まれることはありません。自分に対してさえもできない人間が、他人を思いやったり、理解したりすることはさらに難しいのです。「傷ついた者が人を傷つける」という原理が存在するように、自慈心を持ち、ありのままの自分を愛せる人こそが、苦しみや悩みから解き放たれ、はじめて人を愛すことができるのです。自慈心は自律神経にとって大黒柱のような役割を果たしてくれます。

レジリエンスを高める自慈心

自慈心を育むことで、毎日の生活に思いやりや愛情が自然と広がっていきます。自責の念や怒りの感情をもとに行動するのではなく、寛容な心で冷静に人生を切り開けるようになります。

満ち足りた心で毎日生きていくことができれば、徐々に自分という存在への信頼が高まります。自分の性格や価値観、習慣や思想などをジャッジすることなく、今ここにいる「ありのままの自分」を受け入れることができるようになるのです。しかしここで注意しなければならないのは、自慈心が高いということと、自分を甘やかすことは全く別物だということです。「間違ってもいいや」と無責任な考え方をしたり、努力を怠ったりするのは自慈心ではありません。自慈心は自分を心から信頼し、全力で生きていくための原動力です。そして、困難を乗り越えていくしなやかな強さを育ててくれる存在です。

私たちには、「逆境から素早く立ち直り、成長する能力」を意味する『レジリエンス』が備わっています。竹は細長く弱そうに見えますが、強い風に吹かれても重い雪が積もっても、滅多に倒れることがありません。体をしならせて、じっと耐えながら、また元に戻る機会を待っています。このような、しなやかに立ち上がる力さをレジリエンスと言います。どんなに強く太い幹を持つ大木も、一瞬強い風が吹けば折れてしまいます。力に抵抗すればするほど、実際は弱っていくのです。一方で、竹は力を跳ね返すのではなく、受け入れます。これができるからこそ、折れないのです。

私たちがストレスや不安に支配されそうなとき、自慈心の弱い人は勝つか負けるかの二択しか頭に浮かんでいません。戦うことが唯一の方法だと思いこんでいるので、負けないためにさらに無理をしてしまいます。しかし、自慈心のある人は戦いません。戦うことを放棄します。負けたくないから逃げるのではなく、勝つ必要がないから戦わないのです。そしてその代わりに、受け入れます。自分の状況を受け入れると、勝ちでも負けでもない、第3の選択肢『適応』を見つけることができ、一歩先の精神状態にたどり着けるのです。

自慈心を育てる3つのポイント

クリスティン・ネフ博士は自身の研究の中で、自慈心は3つの要素から成り立つと定義しています。1つ目は「自分への優しさ」、2つ目は「共通の人間観」、そして3つ目が「マインドフルネス」です。この3要素をそれぞれ詳しく見ていきましょう。

ー自分への優しさー

物事が自分の思うように進まなかったり、上手くいかなかったりした時、一般的に私たちは自分を責めてしまいます。1つ目の要素「自分への優しさ」は、このような「自己批判」の対極にあるものです。自分の大切な人に思いやりを持って接するのと同じように、自分にも優しくあることを意味しています。自分の欠点や失敗すらも認め、理解し、それを受け入れるのことが大切なのです。

ー共通の人間観ー

これは英語でセンスオブコモンヒューマニティーと呼ばれますが、簡潔に言えば『自分だけ』という感覚を捨てることです。そして、人は完璧ではなく誰もが時に失敗するものだ、という認識を持つことです。困難に直面した時、自分だけでなく他人も同じ様な経験や思いをしているのだと理解できると、“自分だけ”という疎外感がなくなっていきます。あなたも辛いときに、“なんで私だけがこんな思いをしなくちゃならないの?”と、孤独感に苛まれたことはありませんか?この“なんで私だけ?”という問いかけは、まるで自分が世界一不幸で、自分以外は全員幸せに暮らしている、という間違った認識を自分の中に植え付けてしまいます。自慈心は、辛い経験や苦しい思いをしているのは自分だけではない、他人も自分と同じ様に苦しみ辛い思いをしているのだということを気づかせてくれるのです。

ーマインドフルネスー

「今」まさに起こっている出来事を、ジャッジしたり批判したりすることなくオープンに受け入れること。意図的に「今」を感じるマインドフルネスこそが、最後のポイントです。自分に思いやりの心を持つためには、まずは自分の今の状態を知る必要があります。例えば「休憩を取る」という行動には、先立って「自分は疲れている」という認識が必要ですよね。そして、しっかり休むことは自分にしかできないので、自分が「休みたい」と思っていなければなりません。自慈心がなければ、疲れていることにすら気づけません。今自分が抱えている痛みを知り、手を差し伸べる。そのためには「今」を感じるマインドフルネスが必要不可欠です。

さいごに:自慈心の可能性

自慈心を持つこと。それは新たな自分に出会うチャンスとなります。“すべての生きとし生けるものが、幸せで苦しみのない平和な世界を生きる”こんな普遍の願いに、一歩一歩近づくことができます。皆さんも今日から一緒に、自分の中にある思いやりの心を、自分自身に向けてみましょう。ストレスフルな毎日を幸せに満ちた素敵な毎日へ変えてくれるのは、他でもない、あなたの自慈心なのですから。

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